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どうぞ良いお年を…

僕の今年の5大出来事。
ただし「アビスパが弱かった」は除く。

1位 娘が産まれた。
娘はかわいい。
目に入れても痛くないくらいかわいい。
が、抱っこするとたまに僕の顔面に向けて全体重を乗せた頭突きをお見舞いしてくる。
あいたたたた…
さすがうちの娘。   
僕の娘はスーパーヘビー級なので破壊力抜群。
目に入れても痛くないが、メガネに頭突きを入れられると痛い…

娘に名前をつけるときは本当に考えに考えた。
産まれる何ヶ月も前から考えに考え抜いた。
オータ姓に合う画数で女性にとって最高の画数で女の子らしくてそれでいて熱血な響きを…
僕の娘への最高のプレゼントは名前だ。

そのかわいいかわいい娘がクリスマスの日に僕の顔を見ておお泣きした。
アンハッピークリスマス…
何もこんな日に…
今年最高にへこんだ一日だった。

もうすぐ始まる人見知りが今の僕にとって最大の心配。
来年は博多の森デビューをさせるよ!

将来は大人になっても「お父さんが大好き」とブログに書く森田みきのような素敵な女性に育てたい。


2位 2008年もナギがアビスパにいる。
これが僕にとっては大事だ。
ナギが試合に出ると熱血度が更に増す。

来年の目標を感謝の集いのときに嫁が色紙に書いてもらった。
「全試合出場」
僕も全試合熱血でいきたい。

さらに北斗にヒサシにユースケの北京世代も残ってくれた。うれしい。
さらにさらにゴリやトールにヌノさんにヒサたちもいる。燃える。
久藤ちゃんにも絶対にいてほしい。久藤ちゃんは最高にかっこいいもん。

僕の好きな選手がアビスパのために走ってくれる。
僕は2008年のアビスパ福岡を精一杯応援するのだ。


3位 2007年もナギはいいやつだった。
4月のある日、「(僕の娘が)産まれる頃に僕が試合に出れたら…」と言ってくれたナギが
本当に娘が産まれる頃に、「抑えの切り札」としてアビスパの勝利に貢献してくれた。
今年一番の試合は真夏の博多の森でのヴェルディ戦。
ナギがディエゴを抑えた試合。
嫁の病院は雁ノ巣の近くにしてもらったので、娘が産まれるまでは毎週のように雁の巣と病院へ行ってサテの練習を見ていた。
あの春先の頃を思えば、トップで試合に出ているのが夢のようだったし、ナギは約束を守ってくれた!ことが嬉しかった。
来年は博多の森で完封&ゴールを決めて、みきてぃのヒーローインタビュー通常の1.5倍バージョンを見せて欲しい。

ちなみに試合に出れたら…の続きは「ゴール決められたら、ゆりかごとかしたいんですけどね!」だった。
夜、こっそり泣いた。
感激して泣いた。
ナギはいいやつ。


4位 娘が産まれた直後の試合で太田が2ゴールを決めた。
ミネソタサンダーのHPで知った。
英文読んで泣いたの初めて。
24番を着て病院で娘をゆりかごしてあげた。

まだ寒い頃、北九州市の僕の家の近所のローソンで太田に偶然ばったり出くわして「アメリカ挑戦」を教えてもらった。
テストに受からないと引退ですよと言っていたが、無事に合格してアメリカへ渡って行った。
来年はもっともっとゴールを決めてほしいな。

僕にとってアビスパに来て欲しいFWは、マイクでも大久保でもなく、太田なんやけどな。


5位 江口がメキシコへ行った。立派な指導者として帰ってきて欲しい。いつかアビスパに…
藤波も若い頃メキシコで修行したな…。


今年の大晦日も出雲そばを食べました。
今年のおそばは最高に美味しかったです。

今年お世話になったサポーター、ファン、マニアの皆さん、どうもありがとうございました。
どうぞよいお年をお過ごしください。

2008年こそJ2で優勝しましょう。
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林へ…

林には夢を見させてもらった。
J2に降格して初めての明るいニュースが林のアビスパ入団だった。
1年目の夏、雁ノ巣で見て、林はもうトップにあげてもいいねと思った。
光るものがあった。
それからちょっとしてトップで使われるようになり、
あー僕の見る目もまんざらじゃなかったねと喜んだ。
くりくり坊主でかわいかったね。
今でも林は明るくて素直でいいやつだけど。

2003年、林のことを自慢しまくった。
みんなもそうだと思うが真夏の博多の森での広島戦。
あのときの林は最高だった。

倒れずに立ち続ける。
二人を振りちぎってゴールへと向かった。

このまま伸び続けたらこいつどこまで行くんだろう。
誰もが顔を輝かせ林について熱く語った。
誇りに思い、未来に夢を持った。


低迷が続いても林のことは好きだった。
林は必ず復活するから…と信じていた。
林のことをあきらめたことはなかった。

これからも林にはがんばってほしいな。

僕たちがすぐ傍で見ることが出来なくなった
「夢の続き」を
どこか別のクラブでサポーターたちに見せてあげてほしい。

「今度来たFWすげえよ。倒れないんだよ。一人じゃ止められないんだよ。」って。


土曜日、きっとこれが林に直接声をかけるのも最後なんだろうなと思い、
僕が林に対して思っていることを言ってみた。


「林は倒れちゃいかんよ。
倒れずにシュートを打たんといかんよ。
倒れんのが林なんよ。
ゴールをたくさん決めんといかんよ」。


とにかく林は倒れちゃいかんのだ。
倒れちゃ林の存在価値が無いのだ。
倒れない林がみんな好きだったんだよ。

林、立ち続けろ。
倒れんな。
林、踏ん張れ。


林のことは、くりくり坊主の頃から見て来たもんね。
林のことはこれからも応援するもんね。

よそのチームでもいいから林には輝いてほしい。
林がゴールを決めたら僕は自慢するよ。

あいつは僕の自慢の選手だったやつだって。


最後に写真を一緒に撮ってもらった。
僕が肩を組んだら、林も肩を組んで来てくれた。
でっけえな・・・と思いつつ、
なんかそれが凄く嬉しかった。


6年間どうもありがとう。

この怒りをパワーに変える。

会社で一番嫌われるタイプの上司は、
仕事がうまくいかないとすぐに部下のせいにするやつ。
自分で責任を取らず何でも下の人間のせいにするやつ。

こういうやつをこれから僕は「リティ」と呼ぶことにした。
もしくは「ピエール」。

そして僕はそういうやつを絶対に許さないし認めない。

あんなのが監督じゃどこにも勝てん。
多くのサポーター、そして選手たちのプライドをズタズタにした人間が来年ものうのうと指揮を執るなんてありえないぜ。


J2って面白くない。
地味で華が無い。
その中で「また来年もJ2か…」「来年こそ上にいくぞ!」を繰り返して、
降格した2001年から4年かかってやっとJ1にあがった。
待ちに待ったJ1で苦しくて辛くてそれでいて楽しい戦いを経験した。
そして今年、不本意ながら、またJ2に戻ってきた。

アビスパのために戦うと決めて残留してくれた選手と一緒に、
また上にあがろうと気持ちを新たにスタートした今シーズンだった。
こんなひどい一年になるなんて…


大塚くんはアビスパが最初に降格した年を経験している。
光平、林、川島、彼らは2002年アビスパがどん底の年にやって来た。
僕は忘れんよ。
光平が2002年の横浜FC戦後に流した涙を。
小柄な光平が自分よりもずっと身長のある人間に競りあいで負けてゴールを奪われ
連敗を止めることが出来ずに負けたのは自分のせいだって号泣したことを。
僕も涙をぼろぼろ流しながらそして微笑んだ。
光平がアビスパに来てくれて本当に良かったなって・・・

本当になかなか勝てなかった2002年のシーズンだった。
それでも今日こそアビスパは勝つよと信じ博多の森へ足を運んだのは
光平のような選手がいてくれたからだ。

つらい時期を共にした期間が長ければ長いほどその選手には思い入れがある。

僕の大事な選手たちをあんな失礼な形で戦力外にしたやつらが絶対に許せない。
一緒に戦ってきた仲間だった。
雁の巣に行けばいつも会えた選手たち。

林は辛い状態のときでも無理にでも明るく振り舞ういいやつだったし、
川島は誰からも好かれる本当に味のある男だった。川島の笑顔には本当に癒された。
ピンちゃんとはいつか雁の巣でお互いの子ども達を遊ばせようねと約束していたのに…。
安田くんからは結婚と出産のときにとメッセージをもらったな。すごく爽やかで好青年だった。

こんなくそったれのシーズンの最後が彼らへの戦力外通告で更にひどいものになった。
怒りじゃない。
激怒だ。

金曜の夜は悔しくて腹が立って許せなくて眠れなかった。


負けたのはいつだって「選手の質」のせいだ。
自分の責任は決して認めない。
お前が自分の采配を反省したことがあるか?

こんなやつが何故僕の愛するチームの指揮を執ることが出来るのか?


いつも僕のことを「オーちゃん」と呼んで親切にしてくれるサポーターの人が、鳥栖戦に来てなかった。
あんなにアビスパのことを愛している人が…と思うと胸が痛い。むちゃくちゃ痛いぜ。
僕はアビスパも好きだけど、アビスパのことが好きな人たちも好きだ。
そういう人たちと博多の森に行けば会えるっていうのがこれまで当たり前のように続いていた。
「また博多の森で!」
「じゃあ来週も雁の巣で!」

それが壊れようとしてるんだよ。
こんな状況にまで追い込まれてるのに黙ってられるか。

僕には大切なものがある。
アビスパ福岡とアビスパ福岡サポーター。
大切なものを取り返すために戦う。
僕は絶対にあきらめない。


あの怒りのブーイングは「SOS」だ。
アビスパ福岡を好きな人たちが悲鳴をあげている。

ただしSOSを出すだけじゃ何も変わらない。
SOSを出しても誰かが助けてくれるなんてことはないって分かっている。
アビスパを救えるのはアビスパを好きな人たちだけだ。

僕たちは自分で発したSOSを
自分たちで解決しなければいけない。

誰も頼りにするな。
この危機は一人ひとりが考えて、がんばって、行動して、乗り越えるもんだ。

アビスパを取り戻したいならそれぞれのやり方で戦うべきだ。
一人ひとりのみんなが強くなったときにこの危機は乗り越えられると思うし
僕らはまたアビスパのことを取り戻せるし自慢できるようになる。

これからの行動次第でこの状況を「底」に出来る。
下手したらもっと悪くなる。
でも今のままだったら「底」が深くなるばかりだ。

今が「底」だ。
これ以上悪くなってたまるか。


僕はリトバルスキーと社長を絶対に許さない。

僕は失望も絶望もしない。
この怒りをパワーに変える。


今日も娘に昔話をしよう。
僕に感動をくれた、そして今年アビスパを去っていかなければならなくなった選手達のことを語り継ぐ。
今日は川島の話をしよう。
2002年初めて見た川島はサラリーマンみたいな髪型だったんだよ・・・から始めるか。

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プロフィール

オータ

  • Author:オータ
  • 好きな選手はエース江口、アビスパ太田、ナギ。
    江口と太田にはいつかアビスパに指導者として帰って来てもらいたいと心から願う毎日。

    J1に復帰できて最高にうれしい。
    2010篠田アビスパのみんな、どうもありがとう。

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