スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スーパーリーダー

大学のときはちびっこたちをキャンプに連れていくサークルに入っていた。
鹿児島や宮崎、熊本など色々なキャンプ場に行ったけど、無人島にも行ったことがある。
2年と3年のときに2回。
キャンプのタイトルは「大自然へのトライ&トライ」。
小5~高校生までの各学年の子を集めた班のリーダーとして5泊6日のサバイバル。
時期は八月、それもお盆前。
テントサイトは砂浜で、日中は40度を遥かに越える過酷なキャンプだった。

3年のとき僕はサークルの会長で、大学生の中のリーダーだった。
最初の日にちびっこたちには
「僕のことはスーパーリーダーって呼んで!」と言った。
スーパーリーダーは結構人気者だった。←自慢!

キャンプ5日目、僕は左手の親指の付け根を深く切った。
動脈が3本切れて血が止まらなかった。
上半身はすぐに真っ赤になった。
止血法は勉強していたけど動脈を切ってしまっていては意味が無かった。
すぐに同行していたお医者さんのところへ。
ちびっこたちも、スーパーリーダーが怪我をした!って後ろからゾロゾロと走って付いてきた。

指は動くか?

動いた。

神経まで切れていたらヘリを呼んで病院に運ぶところだったと言われた。
僕は無人島で緊急手術をうけることになった。
砂浜を見渡す丘の上で・・・
夕暮れ時で、赤とんぼが僕の目の前を飛んでいた。
ちびっ子たちがたくさん僕の周りをぐるっと取り囲んで、心配そうな顔をして「スーパーリーダー、大丈夫?」とか、僕を励まそうとして「スーパーリーダー、がんばって!」とか言ってくれた。
お医者さんが、「今から手術するから、みんなは戻ってなさい」って言うまで僕を励ましてくれた。

おれはスーパーリーダーだから大丈夫だよ。心配しなくていいよ。

手術道具はあったけど輸血するまでの道具は無かった。
手術後は貧血状態でフラフラだった。
キャンプの最後の夜はキャンプファイヤー、これキャンプの常識。
フラフラで僕はキャンプのエールマスター(司会者みたいなやつ)を務めた。
エールマスターはスーパーリーダーの仕事だからだ。
僕は元気だよってみんなに伝えるためにちょっと無理してみた。
いつもよりがんばってみた。

無人島で手術した傷跡はちっちゃくなったけど今も残っている。

あのとき僕をスーパーリーダーって応援してくれたちびっこたちは、ちょうど米田と同じ年くらいのはず。

「米田は鹿児島出身なんですよ。」
初めて教えてもらった時、米田の年齢を聞いてそう思った。

鹿児島にはいい思い出ばかりで・・・
僕は卒業してからも鹿児島が大好きで・・・
だから僕は米田を応援したいと思った。

どうして飛鳥じゃなかったのか?
飛鳥はかっこいいけど米田は普通。
そこがよかった。

米田は誰よりもチームの為に走っていた。
そこが好きだった。

今チームのために一番走っているのは?
みんなだな。
みんなよく走ってる。

だから僕は今のアビスパ福岡が一番好きだ。
スポンサーサイト

HOME

プロフィール

オータ

  • Author:オータ
  • 好きな選手はエース江口、アビスパ太田、ナギ。
    江口と太田にはいつかアビスパに指導者として帰って来てもらいたいと心から願う毎日。

    J1に復帰できて最高にうれしい。
    2010篠田アビスパのみんな、どうもありがとう。

カレンダー

03 | 2005/04 | 05
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

旧 最強☆アビスパ福岡☆最高

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。